MONTHLY FEATURES 今月の特集
母なる筑後川のもとで育まれた故郷の味 城島の酒に親しむ
「酒は憂いの玉箒」という言葉がある。
酒は心配を払ってくれる美しいほうき、という意味だ。
この筑後には城島の酒がある。
なぜここに生まれ、愛され続けてきたのか、その秘密を今こそ紐解こう。
城島で酒が造られる3つの条件
〝東の灘、西の城島〟と神戸の灘と共に酒どころとして並び称される名醸地・城島。まず確認しておきたいのは、ここで言う城島とは現在の行政区画上における城島町を指すものではないということだ。 明治期に制定された旧三潴郡、つまり久留米市南西部から大川市にかけての地域で酒は盛んに造られてきた。これらが一つの酒造組合に属していたことから、酒造業界において城島町・三潴町を中心とする一帯が一つの圏域をなし、城島と呼ばれる。 ではなぜこの地域で酒造りがこれほどまでに発展したのか。城島の酒を各種取り扱う[酒乃竹屋]の店主で、城島酒蔵びらき実行委員会の江上 隆彦氏は「水と米と人と、酒を造る条件が揃っていたから」と話す。
筑後川の「アオ」がもたらした「水」と「米」
『筑後城島 酒の四季』(城島町企画開発課/1997年)によると、筑後川下流域でさまざまに利用されていた筑後川の「アオ」なくして城島の酒は語れない。 「アオ」とは干満の差が激しい有明海の逆潮の上を流れる、青々と澄んだ真水のことである。飲料水として客に出すお茶にも使われたこの「アオ」が、かつて酒の生命とも言うべき仕込み水として用いられていた。それだけではなく、「アオ」は筑後川下流域の水田の一部において農業用水としても機能。肥沃な筑後平野は全国でも有数の収穫量を誇る穀倉地帯として発展してきたのである。 また、筑後川には若津港や諸富港が築港され、船輸送が発達。交通網の整備に伴って筑後地方の物資の販路は拡大していった。筑後川が城島の酒造りの発展において欠かせなかったことは間違いない。
城島の風土になじむ酒発展のカギは「人」にあり
ミネラル分の少ない軟水である筑後川の「アオ」に端を発する城島の酒。その特徴を問うと、城島を代表する酒蔵の一つ[杜の蔵]の代表・森永 一弘氏はこう答えてくれた。 「城島と城島以外のお酒の違いを明確に語るのは難しいのですが、あえて言えば硬さや強さ、鋭さよりもどこか柔らかさがあるイメージですね。それはこの土地の料理や風土にも通じているのではないでしょうか」 柔らかな味わいと香りが愛されてきたという城島の酒。それは取りも直さず、酒造りがこの地に根付くことになった理由にも繋がっているように思う。と言うのも、元来「アオ」は酒造りに向いておらず、城島の酒が生み出される過程において大きな壁となったものなのだ。そこで注目されるのが、城島で酒が造られる3つ目の条件「人」である。 酒を製造する職人集団である蔵人を統括する責任者を「杜氏」と呼ぶ。城島の蔵人と杜氏、彼らを支えてきた蔵元たちには、苦労に苦労を重ねた歴史があった。
蔵元の軒先に飾られ、新酒ができたことを知らせる「杉玉」。枯れて色が変化することで、酒の熟成具合も伝える
筑後川の水質と格闘した先人たちの物語
その始まりは江戸時代中期と言われているが、城島で最も古い酒蔵とされる[花の露]の創業が延享2(1745)年と記録に残っているだけで、詳しいことはわからないようだ。 酒造りをめぐる動向がわかるのは明治時代中期に入ってから。『筑後城島 酒の四季』によると、その頃、最も醸造技術が進んでいたとされる灘の酒の旨さに驚嘆した人々が、その技術を学ぼうと灘の杜氏を招聘。だが、城島の水が硬度2・0度の軟水であるのに対し、灘で使われる水は7・9度の硬水。その違いが当時はわからず、灘の技術では城島の酒は造れなかったとか。 その後、暗中模索ながら試行錯誤を重ねて筑後の水質を研究。良い酒造りのコツを掴めたのは明治23年頃のことだったという。その後も明治33年に全国に先駆けて杜氏組合を結成し、明治40年には独自に「三潴醸造試験所」を開設。城島の酒造りの技術は飛躍的に向上した。 「初めは灘の酒の味はもちろん、ラベルやパッケージにも驚いたようですが、研究所まで作って熱心に取り組んで城島の酒を完成させた。この地には類まれなチャレンジ精神があったんだと思います」(江上氏) 城島の蔵人・杜氏・蔵元の地道な努力と不屈の精神がこの地に唯一無二の酒造りを定着させたわけだ。
最盛期は80蔵時代と共に変わる需要
またこの頃、城島の酒が求められた時代背景もあった。明治34年に北九州に官営八幡製鉄所が創業し、これに呼応して筑豊や三池で炭鉱が栄えたことから、過酷な肉体労働を強いられる炭鉱労働者によって酒の消費量が増加。城島の酒蔵は、最盛期には70~80蔵を数えたという。 しかし第二次世界大戦に突入すると米が配給制になり、企業整備が行われ酒造業者は減少。さらに戦後はエネルギー革命によって炭鉱が次々と閉山し、酒が売れない時代へ。そして現在、日本の〝SAKE〟が世界的に注目を浴びるものの、やはり酒造業界は縮小傾向にある。[杜の蔵]の森永氏は現状を次のように考える。 「昔と違ってお酒の種類も選択肢が増えたし、今はスマホなどお酒以外の楽しみもあります。当然の結果として、日本酒はピーク時に比べると飲まれなくなりました」 だが、物価の上昇に対し、酒の価格は非常に緩やかにしか上がっていないという。質より量が求められた結果、大手の酒蔵会社を中心に価格が押し下げられることになったのだ。 「我々のような中小の酒蔵でできることは、酒の価値を上げていくということしかありません。お酒に魅力がある地域だということを、品質と共に広く発信することが大事。そのひとつが酒蔵びらきです」(森永氏)
「城島酒蔵びらき」が盛況城島の酒を広める
「城島酒蔵びらき」は嘉永3(1850)年創業の老舗[有薫酒造]会長の声掛けで平成7年に始まった。 「最初は『酒蔵まつり』の名で、4つの蔵が参加したそうです。この場所で行われていたんですよ」(江上氏) 同イベントで物産部会長を務める江上氏の[酒乃竹屋]は、今は廃業した[有薫酒造]の跡地に建つ。開催地は規模が拡大するたび場所を変え、現在は町民の森に。当初数千人だった来場客は今10万人を超える。 「前年からは久留米市にも公共のイベントとして認められ、協力してもらえるようになりました。非常に名誉なことだと思っています」(江上氏) 2/15(土)・16(日)に8蔵の参加で開催される今年は、西鉄三潴駅から徒歩2分の三潴総合支所に「三潴ちょいのみ横丁」が新たに設けられ、県内外からやってくる来場客でごった返すことが予想される。 当日限定の酒を製造するなど、各酒蔵もイベントに尽力している様子。 「酒蔵びらきで蔵の名前を知ったと、お客様から聞くことはあります。イベントだけでは終わりたくないので、そこからどう繋げるかということを常に考えていますね」(森永氏) 確かに「城島酒蔵びらき」はきっかけに過ぎない。日本を代表する酒としてさらに広く浸透し、太く長く生き残っていくことが期待される。
SAKAGURA 01
旭菊酒造
明治33年創業。朝日のように勢いのあるキレのよい酒を願って「旭菊」と命名された。「まずは米作りが大切」と、県内の農家と契約して原料となる米を栽培。刻々と変化し続ける現代において流行に左右されることなく、米の旨味を生かした食中酒を目指し、日々研鑽を積む。
「山田錦」の米の旨味と柔らかなコク
綾花 純米瓶囲い
1,485円(税込)/720ml
瓶詰め貯蔵。旨味とコクのバランスがよく、優しい口当たり。常温はもちろん、ぬる燗で頂くのもおすすめ。
購入できる店酒乃竹屋 (久留米市城島町内野328-10)
☎ 0942-64-2003
[所]久留米市三潴町壱町原403
[営]9:00~17:00
[休]土日祝日
[P]有
SAKAGURA 02
池亀酒造
昨年10月で創業145年を迎えた。よい伝統は守りながら、常に新しい酒造りに挑戦し、驚きや感動を与える商品づくりに精を出す。黒麹を使ったバランスがよい酸味の日本酒や、米・麦焼酎のほか、ゼリー状の梅酒、とろとろのにごり梅酒など、珍しくて美味しい商品を限定製造する。
青りんごのように爽やかで華やかな吟醸香
純米大吟醸 無濾過無加水
2,200円(税込)/720ml
蜂蜜を思わせる滑らかな甘味と果実を凝縮したようなボリューム感のある旨味。冷やして冷酒グラスで。
購入できる店直売所かめのこ (池亀酒造敷地内)
☎ 0942-64-3101
[所]久留米市三潴町草場545
[営]10:00~16:30
[休]日曜、祝日
[P]有
SAKAGURA 03
筑紫の誉酒造
明治30年以来、創業者の魂と技を受け継ぎ、昔ながらの手法を生かして少量生産で丹念な酒造りに専念。地元の酒米と水を使い、「甑」による蒸米から手掛け、手造りだからこその旨味とコクを守り続ける。5~7月は幻の魚・エツの料理店[えつの豊]も営業。
エツを肴に頂くのも一興、やや辛口の酒
大吟醸酒
2,900円(税込)/720ml
酒造好適米「山田錦」を40%まで精米し、ゆっくりと低温発酵。フルーティーな香りとコクが調和。
購入できる店受付カウンター (筑紫の誉敷地内)
☎ 0942-62-2320
[所]久留米市城島町青木島181
[営]9:00~17:00
[休]土・日曜
[P]有
SAKAGURA 04
花の露
城島で最も古い酒蔵で、創業は江戸時代中期の延享2(1745)年。現在の代表は13代目を数える。ことさらに流行を追うことはせず、ただこの地で粛々と幅広い料理に合う酒を造り続けてきた。その味わいは[花の露]の屋号の通り、柔らかくふくらみがあり穏やかなものに。
風格のある柔らかさ、ぬる燗でしっぽりと
花の露 特別純米
1,430円(税込)/720ml
同蔵の代表銘柄。福岡県産米「夢一献」を使った精米歩合55%の純米酒。クチゾコと合わせるのもいい。
購入できる店併設のショップ (花の露敷地内)
☎ 0942-62-2151
[所]久留米市城島町城島223-1
[営]8:30~17:00
[休]土日祝日
[P]有
SAKAGURA 05
比翼鶴酒造
明治28年創業の精米所と浄水場を持つ醸造蔵。自家精米によって丁寧に研いだ酒米を原料に、地下200mから汲み上げた伏流水を仕込み水に使う。代表銘柄の「比翼鶴」は玄宗皇帝から楊貴妃に贈られた愛の言葉に由来し、男女の固い絆を表すことからご祝儀などの贈答に重宝される。
飲み飽きしない味わい、晩酌のお供に
上撰 比翼鶴
1,978円(税込)/1,800ml
精米歩合70%の本醸造酒で、優しい口当たり。酒質がしっかりしているから、冷やでも燗でも美味しい。
購入できる店酒乃竹屋 (久留米市城島町内野328-10)
☎ 0942-62-2171
[所]久留米市城島町内野466-1
[営]8:00~17:00
[休]土日祝日
[P]有
SAKAGURA 06
萬年亀酒造
明治25年創業。敷地内の地下水を仕込み水として使用。福岡県産米の酒造米と共に同社が造る清酒の中核をなす。平成18年から玄米を原料として醸造した発酵食品「玄米酒 琥珀のつぶやき」を製造販売し、健康を目的とした日本酒として愛用者から支持を得ている。
ひと手間もふた手間もかけた手造りの酒
萬年亀大吟醸 ふくろこし
3,938円(税込)/720ml
できあがったもろみを搾ることなく、袋でこした大吟醸。その香りと味わいを、冷やまたは冷酒でキュッと。
購入できる店酒乃竹屋 (久留米市城島町内野328-10)
☎ 0942-64-2025
[所]久留米市三潴町草場68-4
[営]9:00~17:00
[休]日曜、祝日
[P]有
SAKAGURA 07
瑞穂錦酒造
安政元(1854)年創業。戦中戦後の苦しい時期も「品質第一」に乗り切り、日本酒造り一本の伝統を守り続ける。併設の[みずほ庵]では酒と共に鰻料理を堪能できる。「城島酒蔵びらき」に合わせて造るもろみを羽根木造りで搾ったままのにごり酒は、爽やかな口当たりで乞うご期待。
切れ味よく、酒本来の旨さを味わえる
瑞穂錦 大吟醸
2,970円(税込)/720ml
上品でフルーティーな香りと淡麗な味わいが特徴。酒造好適米「山田錦」を贅沢に使った大吟醸。
購入できる店みずほ庵 (瑞穂錦酒造敷地内)
☎ 0942-27-3055
[所]久留米市大善寺町藤吉940
[営]11:00~14:00 17:00~20:00
[休]不定
[P]有
SAKAGURA 08
杜の蔵
明治31年創業。福岡県産の酒米を100%使用。米と米麹と水のみを原料とした純米造りにこだわり、蔵の個性を大切にする。目指すは人に地域に“寄り添うお酒”。今年1/27(月)には敷地内に[杜の離れ]がオープン。母屋を改装したお洒落な空間で旨い酒と共にのんびり時間を過ごせる。
すっきりフレッシュ、今シーズンの初搾り
杜の蔵 採れたて純米 一の矢
1,375円(税込)/720ml
うすにごりの新酒で、飲みやすいためぐいぐいと杯が進む。福岡県産の酒米「夢一献」を使用。季節限定。
購入できる店酒のくらや (久留米市小頭町94)
☎ 0942-64-3001
[所]久留米市三潴町玉満2773
[営]8:30~17:00
[休]日曜、祝日
[P]有