MONTHLY FEATURES 今月の特集
うつわを味わう
心ときめく器には、何気ない日々の食事をアートにする力がある。
おいしいものをより鮮やかに見せてくれるだけでなく食事の時間はゆっくりと穏やかに流れ、気持ちも満たされていく―――。
そんな、目で、心で味わえる器には、作家たちの繊細な手仕事がいきていた。
陶芸家
馬場 勝文 Katsufumi Baba
久留米市出身。福岡大学法学部を卒業したのち渡仏。各地の陶磁器を見てまわり知見を深め、帰国後は信楽にて修行。2003年には久留米市高良内に工房を構え、陶器・磁器・耐熱の器を精力的に制作している。
何気ない食事を、大切に
器は主役でなく料理を引き立てるもの
新鮮で潔い造形でありながら、どこか懐かしさやぬくもりも感じる馬場さんの器は、高良内の静かな工房で生み出される。機能的で使いやすく、土の風合いを感じる質感には、和の雰囲気が漂う。装飾や派手な色はなく、ただそこにあって使う人の気持ちに寄り添う器だ。
「食事がおいしく見えるかどうかが大切だと考えていますね。というか、それしかない」と話すように、馬場さんの器が存在する意味はいたってシンプルなのだ。器が目立つ必要はない。ご馳走でなくても、手抜き料理でもいいから、普段食べるものを少しでも鮮やかに、おいしそうに。そう考えながら土を触る。
「1日に3回食事するでしょ。漫然と食べることもできるけれど、それでは退屈。僕の器に盛ったら家族が喜ぶ、なんて最高だな」と笑う。
自然そのままの素朴な魅力を器に
丸っこいフォルムが人気の急須やミルクパンは、今では馬場さんの代表作だ。緩やかな曲線は暮らしの中でも違和感なくなじみ、耐熱の調理器具としても機能的。可愛さがあるのに大げさでない形は大人が楽しむのにちょうどいい。 取っ手の部分には木や錫といった異素材を取り入れており、それらの加工もすべて自身の手で行う。手仕事で作られた形に全く同じ形のものは1つとしてなく、それぞれ違う表情をみせるから愛着もわく。「チーク材には敢えてコーティングはしていません。オイルコーティングしたい方にはやり方は伝えますが、風合いが変わってしまうので、使う人が好みで育ててもらいたい」。錫の取っ手も使い込むと少しずつ色味が変化するという。 素材がもつ素朴な魅力をそのままに、シンプルに作った器。だからこそ食材を優しい雰囲気で包み、おいしく見せてくれるのだ。
陶芸家
大村 剛 Takeshi Omura
福津市出身。20歳のころから陶芸家・岩田 圭介氏に師事。多治見工業高等学校陶磁化学芸術科で学んだのち、多治見の若手陶芸家が集まるレンタル工房で創作活動を開始。2007年にうきは市にて独立、開窯した。
器の質感を、贅沢に愛でる
レトロな古道具に魅せられて
重厚でノスタルジックな雰囲気を醸し出す大村さんの器。もともと好きだったという昭和初期のブリキの缶に似た趣を陶器で創り出すことを思いついた。ろくろを使った〝切立〟とよばれるシンプルな円筒形に、黒っぽく金属に似た質感を出す釉薬を用いてベースを作る。そこへ上絵具をペンキに見立てて着色すると、ベースの深い色とは対照的な鮮やかな色彩を出せる。それはまるでペンキを塗ったブリキの古い玩具のような、レトロで懐古的な味わいの器になるのだ。
工房には素焼き・本焼き用のガス窯、上絵を付けるための電気窯の2台が並ぶ。着色作業は上絵具をつけて焼く、という工程を何度も繰り返すことで深みを出す。「色の世界は難しいんです。窯の温度や釉薬の濃度で全く違う色になるから、これはいけると思っても全然だめだったり。毎日が実験のようなものです」。
使い手と作り手の対話が生む器
自身の考える器づくりに没頭してきた大村さんの意識が変わったのは10年前。器としての使いやすさ、食材との関係を突き詰めるため、料理を始めた。毎日家族分の食事をつくるため料理のレパートリーも増え、自然と器にも変化が起きた。「器の使い手と作り手の両方が対等で、1つのものを作り上げる感覚。使っていて楽しいものを作りたいと思うようになりました」。
開窯当時から作り続けている急須は、使っていくなかで小さ目のもの、直火にかけられるものなど、いくつものバリエーションが生まれた。暮らしのすぐそばにあって、使いやすく、かつ美しい器を日々模索している。「僕一人で計算するのではなく、使う人の考えも取り入れると、思ってもみない形がうまれるんです。器は作って、育てて、更新していくもの」。その言葉には、経験に裏打ちされた確信が滲んでいた。
ガラス工芸家
太田 潤 Jun Outa
小石原(現・東峰村)出身。小石原焼陶工の太田 哲三氏の次男として生まれる。琉球ガラス現代の名工である稲嶺 盛吉氏に師事したのち、福岡県朝倉市秋月野鳥に築窯。現在は東峰村に移転し製作活動を行う。
ガラスが放つ、光と色を愉しむ
原点は琉球ガラスと父親の焼き物
〝陶芸の里〟小石原で育った太田さんの身近には、常にたくさんの工芸品があった。父の器はもちろん、カゴや外国製の食器など。その中で太田さんの感性に触れた琉球ガラスを学んだが、自身の製作スタイルには小石原焼の影響が大きい。
「日本の生活スタイルでは主役は焼き物だと思うから、土ものと並べて違和感がないものを作りたい。カラフルな琉球ガラスは美しいですが、食卓ではあまりに目立ってしまうので」。瓶や窓ガラスの廃材がもつ色をそのまま生かし、何気なく日常に溶け込むガラスを生み出す。
日用品としてシンプルで使い手にもなじみ深い造形が多く、その形にも小石原焼の面影を感じる。琉球ガラスと焼き物という自身のルーツが生み出した、奇をてらわず何気ないガラスたち。手吹きガラスらしい不均一さ、光が揺らぐような美しさがそこにはある。
再生ガラスが見せる表情を愉しむ
丁寧に洗浄した五合瓶や窓ガラスの廃材を、割って細かなガラス片にし、自作のガラス窯に入れる。不純物が多いガラスだと気泡が多く入りすぎて使い物にならないし、複数の種類のガラスを混ぜて相性が悪い場合は、うまく溶け合わずすぐ割れてしまう。「熱したときにガラスが見せる表情は毎回違います。予測がつかないので扱いが難しいけど、そこが面白い。こちらがガラスに合わせてあげないと」。
太田さんの手で器として再生したガラスは、波や渦にも見える緩やかな曲線が心地よく、光を拡散させて食べ物や飲み物を瑞々しくみせてくれる。「器としてシンプルで、食べ物の見た目を邪魔しないものがいい」。手吹きだからこその滑らかで不均一な手触り、小さな気泡や曲線―――。そんな手仕事の跡が見えるガラスの器は、食卓を優しい雰囲気にし、心を和ませてくれそうだ。