MONTHLY FEATURES 今月の特集

九十九島を食らう

九十九島を食らう

水天一碧の風景に浮かぶ、大小の島々。
ここはたくさんの生きものたちが集い息づく、奇跡のような“天然の漁場”。
豊かな自然の養分をたっぷりと含んだ海の恵みは旅人たちの舌をうならせる絶品ばかり。
冬の味覚をいただきに、いざ、九十九島へ。

人を惹きつけてやまない無数の島からなる海域

久留米から2時間ほどのドライブで長崎県佐世保市を抜けた場所に位置する、日本の西端の海域・九十九島。江戸時代から残るこの名前にまつわる伝説を紹介しよう。
ある月明りの夜に、100の島々が酒盛りをしようと言い出し、そのうち1つの島が佐世保に酒を買いに出かけた。ところが、酒好きのその島は帰り道でたまらず酒を呑み始めてしまい、酔って眠りこけてしまった。夜が明け、面目なくて帰れなくなったその島は佐世保港にポツンと浮かぶ「一里島」。こうして100から99になったのが九十九島だという。
99の島と書くが、数えてみると実に208という島々が水面から顔を出す。人が暮らしている4島と204の無人島一つひとつに名前があり、名前の由来や歴史が語り継がれている。「潜伏キリシタンの島」として知られる黒島や、日本で初めて正確な地図を作製した伊能 忠敬が、晩年に真冬の寒空の下25日かけて九十九島の長い海岸線を測量したという史実も。
その美しさは古くから人々を魅了し続けており、1955年には西海国立公園として認定された。今も人と生き物たちが集う場である。

雄大な姿を眺めるにはぜひ一度展望台へ

九十九島には佐世保市が認定した「九十九島八景」という絶景ポイントが点在している。長崎ならではの急な坂道をいくつも上った先にある、小高い場所だ。そこから海域一帯を眺めると、眼前に広がるのは遥か遠くまで幾重にも連なる島々、島に息づく希少な植物、悠然と飛ぶ野鳥や穏やかな波、そして吹き抜ける潮風――。それは懐かしい原風景のようでもあり、他では見られない奇跡の風景ともいえるような、大パノラマ。市街地に隣接する地域でありながら、これほど壮大な大自然を楽しめる場所はなかなかない。
そして時間や季節の移ろいとともに、次々と違う表情を見せるのも魅力の1つ。ある時は生命力にあふれた萌える新緑で、またある時は幻想的な空模様で、見る人の心をつかんでしまう、まさに自然が創り出すアートだ。

レジャーにグルメ!九十九島を味わい尽くす

海岸線が複雑に入り組むリアス海岸であるこの海域は、一年を通して波が比較的穏やか。そのためクルージングやスキューバダイビングなど、いろいろなマリンレジャーが楽しめる。その中でも人気なのがシーカヤック。オール1本で海へ漕ぎ出して無人島の上陸スポットを巡れば、本格的なアドベンチャー体験ができる。
また九十九島の玄関口にある[九十九島パールシーリゾート]は水族館をはじめ、遊覧船でのクルージングなども楽しめるレジャー施設。家族みんなで九十九島の大自然を体感できる。
そして忘れてはならないのが、九十九島の海の恵み。冬に旬を迎える「九十九島かき」、「九十九島とらふぐ」といったブランド食材をはじめ、ヒオウギ貝、いりこ、長崎ハーブ鯖など特産品が目白押しだ。


九十九島を訪れたら必食!

小ぶりな貝に
ギュッと旨味が詰まった
九十九島かき

九十九島は絶好の養殖スポット

九十九島で美味しい魚介が育つ秘密は、何と言っても海の豊かさに尽きる。良質なプランクトンを含んだ対馬海流が、赤道付近からやってきてリアス海岸に流れ込むという地理的な条件だけでなく、複雑で長い海岸線が入り組んでいる地形的条件もひと役買っている。点在する島々に生息する植物や肥沃な土壌から養分が溶けだし、寄せる波が養分を運んでいく。その養分のおかげで魚介類はしっかりと成長できるというわけ。まるで、九十九島の湾全体が生き物たちを育むゆりかごのようだ。

この恵まれた地形はまさに養殖にうってつけで、大正時代からいろいろな生き物の養殖が行われた。当時は真珠養殖が盛んだったものの、現代に至るまでには海水温度の変化による大量死や市場での取引相場の変動など、生産が不安定な時代を経てきたそうだ。以来、魚介の養殖を主軸に養殖技術は年々進化し、生産物の品質が向上。今、九十九島の養殖は代表格の九十九島かきをはじめ、とらふぐや鯖、その他にもたくさんの魚介類が養殖されている。穏やかな気候とプランクトン豊富な海水に、たくさんの命が育まれる。九十九島が〝天然の漁場〟たる所以はここにある。

マルモ水産
代表 末竹 邦彦さん

牡蠣の大きさよりも極上の旨味にこだわって

九十九島の味覚の代表格である九十九島かきの収穫の様子を、牡蠣を育てる[マルモ水産]の末竹社長に見せてもらった。海面に浮かぶ養殖いかだは島々の間の近海に設置されていて、これも美味しい牡蠣を育てるポイントなのだとか。「通常、効率的に大きな牡蠣を育てるには沖合数キロから数十キロあたりで養殖するのがセオリーなんです。でも反面、広い場所だと塩分濃度が下がってしまうため大味になりがち。うちは近海で育てることで、小ぶりながらも牡蠣がもつ濃厚な味を引き出せるような方法をとっています」とのこと。

稚貝から成貝になるまでは、およそ1年かかる。冬の旬を迎える今の時期、養殖いかだに吊るされた10mほどのロープを引き上げると、大量の成貝牡蠣がびっしり。丁寧にロープから外して殻を洗う。これで食べられるのかと思いきや今度は地上のいけすでエサを与えながら、しばし休息タイム。水揚げ作業で加わったストレスを癒して、体調を回復させるためだ。最後に、海水温から8度くらい冷たい海水で24時間ほどおいておくことで、旨味をより一層濃縮させてから、ようやく食卓へ。1週間に1度の海水チェックやUV殺菌など、安全性向上にも手間を惜しまない。こうして、牡蠣の濃厚な旨味を安心して味わえる「九十九島かき」が生まれる。

「ここは波も風も穏やか。台風や大雨でもビクともせんよ」と末竹社長。海を知り尽くした言葉だ
養殖用のロープから牡蠣を丁寧に外していく。水揚げした直後にその場で作業するから、鮮度が保たれる
すぐ食べられそうに見えるが収穫直後で弱っているため、一旦いけすへ。安全でおいしい牡蠣になる秘訣
ここは、収穫された牡蠣が一旦休息をとるいけす。健康で新鮮な牡蠣だからこそ、食べた時のおいしさは格別だ

九十九島かきをさあ、実食!

熟成した牡蠣をいけすから取り出し、炭火の上に乗せ、待つこと5分。牡蠣としては小ぶりな殻が開くと、中にはふっくらとした身がきっちりと詰まっていた。ジュワッと牡蠣のエキスが染み出てきて、なんともおいしそう。食べてみるとミルキーで滋味深い濃厚な旨味、ジューシーでプリプリとした食感が口いっぱいに。同時にふわぁっと磯の香りが鼻孔に抜けていく。一人でいくつでも食べられそう。

九十九島の牡蠣は、こうして水揚げしてすぐに海上の牡蠣小屋の炭火で焼いて、牡蠣のエキスごとゴクリといただくのが王道。醤油や酢などをかけて食べるもよし、濃厚な旨味とほどよい塩味もあるため、そのまま食べるのもよし。なにしろ鮮度抜群で臭みが全くなく、するんと胃に入っていってしまう。まるで海の恵みを丸ごといただくような贅沢感! 1年で最も寒い時期に、最も旬を迎える九十九島かき。美しい九十九島の風景に囲まれ、寒空の下でアツアツの牡蠣を丸ごと頬張る幸せ。これは他では味わえない体験になること間違いなしだ。

取材・撮影協力
マルモ水産
 ☎ 0956-28-0602
[所]長崎県佐世保市船越町944
[営]9:00~17:00
[休]不定休
[P]有


「R」がつかないでも実はおいしい!

九十九島かき
食べごろカレンダー

英語では〝牡蠣は「R」がつかない月に食べるな〟ということわざあるとも言われるが、九十九島では「R」のつかない5~8月も含めて1年中が牡蠣シーズン! もちろん最もおいしくなる時期はあるものの、冬場は真牡蠣が、夏場は岩牡蠣が獲れるので、どちらも味わってみたいものだ。

が旬の真牡蠣
夏ごろに一気に産卵する真牡蠣は、産卵すると栄養分を一気に産卵に使ってしまい身が細くなるので、産卵前の冬~春先までが旬。産卵前のふっくらした状態が最もクリーミーな味わい。
が旬の岩牡蠣
岩牡蠣も産卵時期は夏だが、真牡蠣と違って数ヶ月かけてゆっくり産卵する牡蠣。栄養を使い果たすことがないので、夏ごろがおいしい。真牡蠣よりひと回り大きな身で、食べ応えがある。
「牡蠣を食べつくしにレッツゴー!」九十九島かき食うカキ祭り

毎年11月と2月の土日祝日は、[九十九島パールシーリゾート]にて牡蠣焼きイベントが開催される。2月の祭りはその名も「冬の陣」! 広場に焼き台250以上がズラリと並び、席数は1000以上。青空の下、新鮮な牡蠣をその場で焼いて食べまくる大人気イベントだ。焼き台やイスなどの備品は無料貸し出しなので、防寒着持参で出かけてみよう。

九十九島かき食うカキ祭り
日程 2月中の土曜、日曜、祝日
会場 九十九島パールシーリゾート 大芝生広場(※雨天決行)
時間 11:00~16:00
(※焼き台の使用は90分が目安。16:45まで使用可能)
問い合わせ/九十九島パールシーリゾート
☎︎ 0956-28-4187 [所]長崎県佐世保市鹿子前町1008

九十九島かき以外にもこんなに!九十九島グルメ

九十九島を訪れたらお土産にしたい海の仲間たち大集合。
海の豊かさをぜひ舌で体験してみよう。

Gourmet

01

地元の早摘みミカン入り飼料で育った

九十九島とらふぐ

旬/11月~3月

佐世保は、養殖とらふぐの生産量が日本トップクラス。九十九島海域の北部での養殖が盛んで、風味と身の締まりを良くするために、地元産の早摘みミカンを加えた特製の飼料で育てている。まるまる太って、弾力のある食べ応えが特徴の高級食材。佐世保市内の飲食店でも味わえる。

Gourmet

02

カラフルな色が美しい

ヒオウギ貝

旬/10月~5月

ヒオウギは「緋扇」とも書く、赤や黄、紫などの美しい色が特徴の二枚貝。別名「虹色貝」。形はホタテに似ているが、ホタテよりも旨味が濃く、肉厚で食べ応えのある味。水揚げ後は1日ほどしか生きられないため、なかなか市場に出回らない。ぜひ産地で味わってみよう。

Gourmet

03

そのまま食べても旨味しっかり

九十九島いりこ

旬/通年

いりことは、カタクチイワシの煮干しのこと。水揚げされたイワシは新鮮なまま素早く加工されるので、香りがよく出汁に使うのも◎。旨味がしっかり感じられる。いりこを使った加工品も多数。

Gourmet

04

クセがなくおいしいと評判

長崎ハーブ鯖

旬/通年

飼料にオレガノ、ナツメグ、シナモン、ジンジャーの4種のハーブを加えた長崎のブランド鯖。ハーブの効果で健康的に育った鯖は、日持ちがよく栄養価も豊富。臭みがないので刺身でいただきたい。

Gourmet

05

あまり流通しない希少な二枚貝

赤マテ貝

旬/3月~4月

水深10~20mの海底に生息する赤マテ貝はまだ生態があまり知られておらず、専用のかぎ針を使った「突き漁」で収穫する希少な貝。味はアサリに近く、地元ではバーベキューで食べられている。