MONTHLY FEATURES 今月の特集

いまを照らす八女提灯

いまを照らす八女提灯

八女の豊かな風土が生んだ工芸品のひとつ、八女提灯。
もともと、温かみのあるおぼろげな灯りで先祖を迎える 盆提灯として、200年以上の歴史を刻んできた。
いま、提灯は盆を照らすだけでなく その柔らかな灯りで見る人の心を和ませてくれている。

職人と商人の町・八女

八女といえば、手漉き和紙、竹細工、木工品やすだれ、八女仏壇、節句人形…他では類を見ないほど、多くの伝統工芸が生まれた地だ。市内を流れる一級河川・矢部川をはじめとする清らかな水に恵まれ、竹細工や仏壇、提灯などを作るのに必要な木材、竹も豊富にあり、材料に事欠かなかったからだろう。それら自然の恵みが人の手によって暮らしに役立つ道具になり、その技術が引き継がれて工芸品となった。江戸時代の八女市は、高い技術と商いで大いに栄えたそうだ。
中でも八女提灯は、とりわけ多くの技術が駆使されている工芸品だ。八女で採れた真竹や木材を扱って竹骨を組み、透けるほど薄く美しい手漉き和紙を張り、そして下絵もなく絵や家紋を描く。八女で何世代にも渡って継承されてきた職人技なくして、八女提灯は作られない。いわば職人技の結晶で、八女だからこそ生まれた工芸品といえるかもしれない。

暮らしの中の八女提灯

八女提灯が生まれた200年ほど前の暮らしにおいては、提灯は照明としてなくてはならない身近な道具だった。当時、提灯の一大生産地としては岐阜が名を馳せていたが、八女郡福島町にいた荒巻文衛門が山茶花や牡丹など上品で素朴な絵を淡色で描き、人気を博したのが八女提灯の起源だといわれる。その後、火袋に使われてきた紙を薄い手漉き和紙にし、さらに1本の長い竹ひごをらせん状に組み上げる製法「一条螺旋式」が確立。山水や花鳥を描いた気品漂う火袋からは柔らかい光が透け、その涼やかさから「涼み提灯」として愛されてきた。
電灯が普及すると、提灯は照明としての機能を失い、宗教的・文化的な場面で使われるようになった。特に八女ではお盆になると仏壇の周りに提灯を飾る風習がある。天井から吊り下げる円筒形の「住吉」や丸型の「御殿丸」、脚のついた「行燈」などを対で飾り、明るく灯すことで先祖への感謝を表現する。

変わりゆく提灯

現在も、八女の提灯生産量は日本一を誇る。そのほとんどが盆提灯だが、時の流れとともにライフスタイルが変化し、それに伴ってお盆に提灯を飾る風習は様変わりした。昔ながらの竹ひごや手漉き和紙で作られた提灯は少なくなってきている。それでも、一つずつ手で時間をかけ作られることに変わりはなく、風情あるその柔らかな光からは、技術の高さが感じられるはず。今の暮らしを照らす八女提灯を、改めて愛でてみよう。

提灯の美的価値を高めるのは
確かな手仕事と探求心

伝統的な造形美

八女提灯をつくる老舗の中でも、[伊藤権次郎商店]は創業から200年を超えるひときわ長い歴史をもつ。もともとは組子細工や家具、建具をつくる指物商を家業としていたが、その技術を応用し、二代目の頃にお盆用の提灯も手掛けるようになったという。江戸時代後期の天保7(1836)年のことだ。それから大正にかけて八女の提灯づくりは盛んになり、四代目・伊藤 権次郎氏のときに自身の名をそのまま屋号とした。
八女提灯といえば盆提灯が主流だが、[伊藤権次郎商店]は六代目以降、専ら装飾提灯をつくっている。装飾提灯というのは、神社や仏閣、商業施設、飲食店などで空間や雰囲気を演出する提灯だ。八代目・伊藤 博紀氏が引き継いだ今も製法は変わっていない。何十年にもわたって受け継がれてきた木型に、何十メートルにも及ぶ長さの竹ひごを巻き付け、竹骨をつくる。刷毛で叩くようにして糊をつけ、一つずつ手漉き和紙を丁寧に貼る。そこへ絵師の手で絵や家紋が描かれたら完成だ。
八女の趣深い木造の町家でつくられる提灯は、いわゆる盆提灯とは一線を画す、トラディショナルな姿。昔と今が交錯するような、不思議な存在感を放つ。

八代目・伊藤 博紀氏

空間を作り出す提灯

[伊藤権次郎商店]の提灯は各地の重要文化財やランドマークに吊り下げられ、見る人を楽しませている。久留米の[水天宮]、福岡の[櫛田神社]や[博多座]…特に大イチョウをモチーフにした[櫛田神社]の提灯は、その鮮やかな黄色が神聖な中神門に精彩を加え、風趣に富んだ空間を生み出している。
伊藤氏の工房を見渡せば、そこには妖怪が描かれたものや、デニム地が張られたものもある。伝統的な造形美に異色で異素材のものを組み合わせた、斬新な挑戦の足跡。確かな技術に裏打ちされた挑戦だからこそ、伊藤氏の提灯は唯一無二の美的価値をもつ。国内外から高く評価されており、海外の映画では日本らしさの演出に一役買ったこともある。 伊藤氏によれば「提灯は空間をつくるもの」。その造形美で、柔らかな光で、描かれた絵の味わいでその場の雰囲気をつくり、演出する提灯。身近な場所にある提灯のアートとしての価値に、改めて目を向けてみてほしい。

[水天宮]の4つの提灯も伊藤氏の作品の1つ
鮮やかな黄色で人々を迎える[櫛田神社]の提灯

伊藤権次郎商店×御花
奇怪夜行~こわいとあまい~

柳川市[御花]の歴史的空間に、妖怪を描いた提灯がぼんやりと灯る。 少し不気味な夏の夜を過ごしてみては。
7/30(土)~8/14(日)の18:00~21:00(最終入場20:30)に開催。

伊藤権次郎商店
☎  0943-22-2646
[所] 八女市本町220 
[営] 9:00~17:30 [休] 日曜

Location / 未来工房 hit久留米住宅展示場

暮らしの片隅に陰影をもたらす
ささやかで小さな提灯

若き職人たちの工房

お盆に飾る仏具の1つとして発展し、伝統工芸品としての価値を確立した八女提灯だが、生活スタイルや住環境が変化したここ数十年は、利用する人が減っているのも現実だ。仏壇をもたない人も増えており、いわゆる大きな盆提灯を飾る習慣がない、コンパクトな住居には飾れない、西洋風のリビングには風趣がそぐわない…。八女の提灯生産量が日本一とはいえ、業界全体が職人や後継者不足に直面していることは否定できない。
提灯をつくる工芸店の中で、創業が昭和55年と比較的新しいのが[シラキ工芸]だ。ここで伝統技術を習得した若き職人たちが中心となり、日々盆提灯づくりに励んでいる。一つの工程ごとに丹念な作業を積み重ね、その結晶として八女提灯が生まれる、昔ながらの分業制。職人1人ひとりが若い感性で考えて創意工夫し、技術を高め合ってこそ、質の高い提灯ができあがる。
提灯をとりまく環境が変化する中、提灯にもできることはないか。職人たちが新たな提灯のスタイルとして導き出したのがミニ提灯「cocolan」だ。

Location / 未来工房 hit久留米住宅展示場

空間を作り出す提灯

コンパクトで可愛らしい火袋にスタンドを付けたミニ提灯ができたのは2年前。夏に仏前に吊り下げる物であった提灯を、季節を問わず現代の暮らしに取り入れられるように、ランタン風に仕立てた。火袋のフォルムを三角錐型やダルマ型にアレンジした形は、今のインテリアに取り入れても違和感がなく、時を経ても色褪せない愛嬌がある。八女の自然を象徴した絵や、形から着想を得たポップな絵を付けるなどして、提灯のイメージを一新している。 小さくて玩具のように見えるが、土台を固めているのはもちろん八女提灯らしい伝統技術だ。火袋をつくる型は金属で独自に作成し、竹ひごではなくワイヤーを巻き付け、薄い和紙を貼り付けて火袋に。小さいからこそ繊細さが求められる作業だ。仕上がったミニ提灯は美しく、それでいて組立は簡単で、提灯だから折り畳むこともできる。 和室にはもちろん、フローリングやベッドサイドに置いても馴染むから、海外からの注目も集めている。優しくぬくもりある灯りは部屋に美しいグラデーションをつくり、心を潤わせてくれる。八女提灯という伝統工芸品と暮らす、そんな喜びを味わってみるのも粋ではないだろうか。

Location /
未来工房 hit久留米住宅展示場

シラキ工芸
☎  0943-24-3054 
[所] 八女市緒玉198-1 [営] 9:00~17:00
[休] 日曜、祝日、第2土曜※6・7月は無休

シラキ工芸直売所 ちょうちん堂
☎  0943-24-3054
[所] 八女市本町179-1 [営] 9:00~17:00
[休] 日曜、祝日、第2土曜※6・7月は無休