人生の先輩にお話を聞きに行きます! オトナ空間

久留米絣みらい研究室 Coppolart 代表 古賀 円 変わらない精神性に、〝今〟を織り込む。

変わらない精神性に、〝今〟を織り込む。

古賀 円 × 古田 紀久郎

旧国武合名会社絣倉庫建物 にて

久留米絣みらい研究室 Coppolart 代表
古賀 円 Madoka Koga
1976年久留米市生まれ。東京で国会議員秘書を10年間務めた後、[久留米絣みらい研究室 Coppolart]を起業。大好きな久留米絣の素晴らしさを伝えるために、商品の企画・プロデュース、講演等に日々全力投球する。
cocomi 発行人
古田 紀久郎 Kikuo Furuta
1975年久留米市生まれ。豚骨ラーメン大好きcocomi発行人。その他に、クリエイティブディレクターとして数多くの広告物に関わる。2年前に仕立てたベストが体に合わなくなって嘆いている。久留米絣は断然手織り派。

3・11を機に決心〝久留米絣の行商〟に

1990年代に織られた今は使われない染料による、貴重な久留米絣のワンピースを可憐に着こなした古賀 円氏と待ち合わせをしたのは、[旧国武合名会社絣倉庫建物]。ここは彼女が〝久留米絣の行商〟の偉大な先輩として慕う国武 喜次郎によって明治32年に設立された[国武合名会社]の旧倉庫だ。
「ここに馬車が入ってきて、上からどんどん反物を投げ入れていたそうですよ。歴史のある建物なんです」
古賀氏の活動の原点は小学校の自由研究。久留米絣の愛好家だった母と祖母の影響で絣について調べ、自身も絣に憧れを持つように。大学卒業後、国会議員秘書を務めていた時、東日本大震災は起こった。東京で被災した古賀氏の、それまで漠然としていた想いも激しく揺さぶられた。
「来年は死んでいるかもしれない、久留米絣に関わる仕事を今すぐ始めなきゃと思いました。原発の問題で大量消費の時代は終わって、これからの豊かな暮らし方があるんじゃないかと思った時、絣が重宝される時代が来るって変な確信も。とにかくわけのわからない焦りを感じて」
久留米に舞い戻った古賀氏は絣の専門店を営む師匠に弟子入り。絣についてゼロから勉強した。師匠との問答で「絣を売りたい」と自覚した彼女は、現代の〝久留米絣の行商〟としての道を歩み出したのだった。

絣が自分事になるように

小倉で開催されたTGCで久留米絣を全力アピール

古田昔から絣が好きだったんですね、古賀さん。その頃は絣で何をしたいと思ってたんですか?

古賀何をするかというより、モノがいいのに全然知られてないから、もったいないな、もっと広めたいなと。東京にいる頃、茶道を習っていて、久留米絣の服を着ていったらマダムたちに「なんで絣が洋服になってるの」って。お着物の素材としてしか知られてなかったんですよね。

古田へ~!

古賀「家で洗えるの?」「柄を選べるの?」ってめちゃめちゃ聞かれて。見込み客みたいなのがちょっと見えた瞬間でしたね。

古田逆に僕は久留米の人間だからかわからんけど、おばちゃんの着る服が絣と思ってました(笑)。

古賀地元の人は知ってる分、地味だとか、その割に高いとか、紺色しかないとか、世代によるんですけど、マイナスのイメージを持たれていて。それを払拭していきたいなと。

古田それで古賀さんがプロデュースを。デザインもするんですか?

古賀デザインというか、絵を描いて、パターンを引いてもらって、修正して、形にしてもらうみたいな。

古田自分の思っているデザインを形にして、それを広めるというのが古賀さんのお仕事ですね。

古賀そうですね。例えば地元の伝統産業を結び付けるアイテムがあったらいいなと。大川家具の[酒見椅子店]さんと[下川織物]さんと絣の椅子を作ったり、城島の[旭菊酒造]さんと日本酒バッグを作ったり。

古田ああ、いいですねぇ。

古賀去年は小倉であった東京ガールズコレクションに参加しました。私がデザインした[藍染絣工房 山村健]さんの手織りの服をアイドルの子たちが着て、ランウェイを歩いて。

古田東京ガールズコレクションと久留米絣みたいに伝統のあるものって対極にあるイメージですけど、どうして出ようと?

古賀わかる人にだけわかればいいじゃダメだと思ったんです。コアなファンだけじゃなく、ライトな層にも知ってもらいたいと。それに久留米大学の子たちも喜ぶかなと思って。5年前から久留米大主催のイベントのファッションショーをプロデュースしていて、それが去年から地域連携の特殊講義にまでなってるんですけど。

古田大学生に絣の良さを知ってもらうんですね。今言われたライトな層というか。

古賀そうですね、ファッションショーを機に袖を通してもらおうと。なんかこう、絣を使う人とか、それを広めるアンバサダーみたいな人を増やしたいと思っていて。私一人で頑張るより、みんなに自分事のように思ってもらって、広告塔になってもらえたらと思ってます。

〝絣を着る自分〟の贅沢さ

「できるだけ新しいチャンネルを増やしたい」と古賀氏

古田久留米絣ももっと広めていかんと、いずれは廃れていきますよね。

古賀結局売れないと、担い手もいなくなるから。久留米絣が生まれた地域性とか風土、精神性は創始者である井上 伝さんの時代からずっと変わらないんです。織物で言ったら縦糸のようにずっと繋がっていて。自分が時代に合わせて横糸で柄を出していくということをしなければと。

古田精神性は変わらないけど、時代によって少しずつ変化していかんとですねぇ。古いデザインのものをもらっても、エッてなるし。

古賀ある時言われたんです。絣を売る人は通気性がいいとか、柄が選べるとか、スペックの話ばかりされるから、もっと精神性の部分を知りたいと。例えば、メルセデスベンツは〝ベンツに乗る自分〟に贅沢を感じているんじゃないかと言われて。ああ、そういうことかと思って。

古田なるほど、〝久留米絣を着る自分〟ってことですね。

古賀そのためには、文化とか風土とか、江戸時代の営みまでもっと広く知る必要があると思っています。正解はないんで、とにかく自分が絣をやってて楽しいと思うことかなと。

古田さまざまな角度から横糸を入れて、生産者と絣のファンの方との間の橋渡し役になられて。古賀さんの役割はすごいと思いますよ。

古賀いろんな人との出会いの中で楽しみながら、できることは全部やりたくて。これしかしないとかなくて。絣の可能性を広げていきたいです。

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旧国武合名会社絣倉庫建物

旧国武合名会社絣倉庫建物

住所 久留米市日吉町116-6
駐車場

久留米絣みらい研究室 Coppolart コッポラート

久留米絣みらい研究室 Coppolart コッポラート
久留米絣みらい研究室 Coppolart コッポラート
電話番号 090-1701-5787
住所 久留米市原古賀町29-1 1F